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社長の思い | 注文住宅 愛知・名古屋 古民家再生 松美建設

社長の思い

昭和39年、私は大工の棟梁だった父のもとに生まれました。祖父が始めた大工の仕事を継いだ父は、弟子達をビシビシしごきながら、現場から現場へと飛び回っていました。

幼かった私にとって、お弟子さん達はみんな兄貴のような存在。ずいぶん可愛がってもらいましたよ。でも、大変なのは母親でした。多い時には住み込みのお弟子さんが7、8人にもなります。家族の分とお弟子さんの分を合わせて13、4人分のお弁当を、母は毎朝作るのです。しかも夕食も用意しなくてはなりません。

かわいそうだな、といつも思っていました。将来、妻になる人にはこんなことはさせたくない。成長するにつれてプライバシーがないことも不満に感じていました。徐々にその思いは高まり、高校生の頃には「こういう仕事はいやだ」と、はっきり口にするようになっていました。

 

そんなある日、父が友人に「息子がこう言ってるんだ」と洩らしたと聞きました。さびしそうだったよ。その友人の言葉に、あの滅多に弱音を吐かない父が、と驚くと同時に、やはり俺の代で終らせてはいけないんだなと思いました。そして大学の建築科に進み、設計を学ぶことにしたのです。

設計事務所に勤めた後に家業を継いだ私ですが、当時は、いかにも設計士が手がけたという感じの目立つデザインをすればお客様は来てくれるだろうくらいに、安易に考えていました。ところが待てど暮らせど反応はありません。

「これじゃいかんな」松美建設が松美建設として、これからも歩み続けていくために必要なものは何だろう。それを模索し始めた私の脳裏に、ふと浮かんできたのが祖父と父の大きな背中でした。

 

細身ながらもピンと伸びた、ガンコそうな背中。幼い頃の私は、いつも仕事をする2人の背中を見ていました。改めて見直せば、それは厳しい修業によって身につけた技術で人様の家をつくり、弟子達の生活を守ってきた男の背中でした。祖父と父が守ってきたものは、もしかしてものすごく大きいのではないだろうか。それを俺は、古くさく感じていたのではなかったか。そう思った時はじめて、私は大工がどんな思いで家を建てているのかが見えてきたような気がしました。

奇抜なものや世間の目を引くようなデザインは、あくまで表面的なもの。 大切なのは住む人が心地よく、いつまでも住み続けたいと思えるような家を建てられるかどうか。それなら、その財産はすでにうちにあるではないか。自分の中で進むべき方向が見え始めたその時、私は一軒の古民家に出会ったのです。

 

それは、「お祖父さんの建てた家を壊したくない。何とか残してほしい」という依頼でした。その家を見た時、たましいが震えた、と思いました。 老朽化し、弱り果てた家は、それでもなお強い魅力をたたえていました。年代を経ても古さを感じさせない家。むしろ、気品と貫禄を感じさせる家。なぜなんだろう?知りたい。

この時すでに私は古民家の虜になっていたのだと思います。そして自分を惹きつけたものの正体に、いまなら思い当たります。それは、ひと言で言えば「思い」です。

 

何十年、いや百年以上もつようにと、考えに考えて組んだ木組。絶対にはずれないよう、工夫が凝らされた仕口。遊び心でしょうか?あえて曲がった木を使った和室。再生のため、古民家の構造をむき出しにしてみると、住む人を喜ばせたいという大工の「思い」が、わーっと溢れ出してきます。

そしてもう一つの「思い」は、住み継いできた人の思い。柱に刻まれた名前。磨り減った廊下。小屋裏にしまいこまれた古い道具。笑い、泣き、怒り、愛した、大勢の人の記憶を刻みつけた家は、年を経た大樹のように、やさしさと威厳を身につけています。

会ったこともない誰かの思いを、家を通して感じ取ることができる。そのことの不思議に、私はいつしか心を鷲掴みにされていました。

 

『何十年も住み継がれる家』を、松美建設の背骨に据えた私は、まず大工に"考えること"を求めました。「お客様から給料を頂いていると思って、どうしたらお客様が喜んでくれるかを自分で考えてくれ」と言ったのです。それは何も目新しいことではありません。昔の大工は皆そうだったのですから。コストを削減するという名目でのプレカットや分業体制によって、現代の大工たちが考える機会を奪われているのを、マツミでは元に戻しただけのことです。

朝7時、マツミの倉庫ではきょうの仕事に出かける大工たちが、必要なものの積み出しにかかっています。誰よりも早く来て倉庫をあける会長(私の父・松浦美都夫)が、すでに点検と下準備を済ませています。労働条件として見れば、きつい仕事だと思いますが、誰も文句を言いません。それどころか、「楽しい」「わくわくする」という答えが返ってきます。どうしてかって?答えは簡単です。それは彼らが"自分で考えて仕事をしているから"です。

 

古民家再生に取り組むようになって、物の見方、感じ方がずいぶんと変わってきました。昔の大工たちがしていたようないい仕事を、ぜひマツミの大工たちにもさせたいと考えるようになったこともその一つです。 大工たちだけでなく、チーム・マツミとして動いてくれている協力会社の職人のみんなに対しても同じことを思います。

しかし、それが職人の自己満足で終ることは、絶対にしてはならないことです。それをすることで、お客様にとってどのようなメリットがあるのか、そしてそれは、お客様の希望に沿ったことなのかを、私自身が厳しく吟味していく必要があると思っています。

『職人がいい仕事をする』=『お客様が喜ぶ』。このバランスをうまく取ることが、これからの私の仕事。目先のことにとらわれず、大きく未来を見て、様々な判断をしていきたいと思います。

 

私たちは誰も皆、自分や家族が食べていくために仕事をしています。でも、仕事って、それだけのためにするのではないですよね。たまたま家づくりという仕事に就いている私は、自分の使命は、過去から継承した技を次代に間違いなく受け渡すことだと思っています。

古民家再生の現場で、昔の大工の素晴らしい技や工夫に触れると、これだけの知恵を滅びさせてはならん!と理屈抜きに思います。先人の素晴らしい遺産を守りたいという気持ちは、人間の本能的な気持ちなのではないでしょうか。だから今、いい仕事をしておかないと、何十年先の大工たちに私たちが味わっているような感動を与えることができないということになるのです。そんな情けないことはしたくない。この時代の職人たちは情けねぇなあ、なんて後世で言われたら恥じゃありませんか。 ・・やはり私にも、祖父と父から受け継いだ職人の血が流れているのかもしれません。